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2013年8月

2013年8月31日 (土)

正直眠たい京都の旅

もう2週間も前の話。


一週間バタバタ忙しく働いて、ようやく迎えた華の金曜日。



相方は一泊二日で滋賀の実家へ帰っていたので、

「しめしめ、今日は自由に過ごせるぜ」ってことで、(←相方に怒られるわ。笑

ようやく『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』を観ました。


踊るファンを公言しているわりには、ほんとようやくって感じです(^-^;


“踊る THE MOVIE 3”は個人的にはイマイチでしたが、

今回の作品はとても面白くて満足でした◎

(すみれさんが倉庫にバスで突っ込むシーンは納得いかないけど…)


面白くって観終わったあとは興奮で眠れませんでした。笑


だからもう一回…と思って2度目を観終えるともうすっかり朝です。

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徹夜なんて学生時代の期末試験直前以来だな~。笑


それでもそんなに眠たくないし、ここから眠るのももったいない感じがして、

そのまま京都へ行きました。

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朝の6時半の京都はさすがに人通りもまばら。


駅の改札近くに外国人バックパッカーなどが何人も眠っていて、

朝の京都ってこんなんなんだ~と新鮮でした。


とりあえず朝マックして鴨川を散歩。

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朝日に照らされた鴨川はとてもきれいでした。


四条大橋あたりから出町柳の賀茂大橋あたりまで、

1時間くらいかけて歩いて、出町柳から市バスに乗りました。


行き先は銀閣寺!


ここ数カ月ずっと銀閣寺に行きたかったんですよ。


金閣寺よりも断然銀閣寺派!


地味だけどそこがいいんですよね~。


8時半の開門と同時に境内に入りました。

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銀閣寺は庭園が好きです。


でっかいプリンみたいな「向月台」と、斜めに走るストライプの「銀沙灘」。


こんな前衛的なデザインの庭は他にはないのではないでしょうか。


なぜこんな類を見ない作庭がなされたのか、

その理由は今も解明されていないそうです。



庭園をぐるぐる回って、ちょっと山も登ってみると、

見晴らしの良いところへ行き着きました。

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境内全体が見渡せる絶景ポイントです◎


銀閣寺で1時間ほどまったり過ごし、そのあとは再び市バスに乗って北の方へ。


詩仙堂へ行こうと思ったのですが、

乗るバスをうっかり間違えてしまい見たことのない場所へ来てしまいました…!


でも、時間はたっぷりあるし、市バスの一日乗車券持ってたし、

見知らぬ土地での新たな発見もあるだろうし、それはそれで面白そうです…!


降りたのは一乗寺の高野という町。


下町っぽい雰囲気が漂う町でした。


バスを降りた場所からでも30分ほど歩けば詩仙堂へたどり着くことが分かり、

曼殊院道を東へ向けて歩いていると、偶然にも恵文社一乗寺店を発見!


相方がすごく面白い店と言っていたのを思い出し、

行ってみたい気持ちは山々でしたが、朝早すぎて開店前でした…。


また今度の楽しみということで。。。泣



それから歩くこと15分。

きついきつい坂道を登ってようやく詩仙堂に到着。

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竹に囲まれた美しい石畳の道が印象的でした。

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詩仙堂は江戸時代初期の文人・石山丈山の山荘で、

狩野探幽に描かせた中国の詩人36人の肖像を掲げた詩仙の間があり、

そこから名前が来ているそうです。

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ここの庭園もきれいなのですが、

静かな空間に時折響く「ししおどし」の音がすばらしい!!


風流の極み…!!



思わず庭のししおどしを探しに行き、初めてInstagramで動画を撮影。

癒されるわ~ヽ(´▽`)/



詩仙堂は人もそれほど多くなく落ち着ける空間でした◎


紅葉がきれいなようなので、また秋にでも訪れたいです。



そのあと再び市バスに乗って京阪三条まで出て、

ブックオフに寄ったあと、まだ12時にもなってないけど、

さすがに疲労と眠気がピークに達しつつあったので、うちに帰ることに。


電車に揺られてうとうとしていると、相方からメールが来て、

義妹が3人で京都で晩御飯食べようと言ってるとのこと。


かわいい義理の妹の誘いを断るわけにはいかないよね(◎´∀`)ノ←



ってことで再び京都へ!!!!

(しかし、これから5時間どうやって時間つぶそう…)



とりあえず汗をかきすぎたので、さっぱりしたくて

昭和の雰囲気漂う京都タワー大浴場へ。


最近はシャワーだけで済ませることが多いので、

久々にゆっくりお湯に浸かれて本当に気持ち良かった!


風呂上りは昭和風(?)にコーヒー牛乳。笑


気付けば受付前のソファで爆睡してました。。。




それからなんとなく京都の果てにある国立京都国際会館行ってみたりして

時間を潰して、17時ごろ相方と義妹と合流。

多国籍料理が味わえるというeskapiさんへ行きました。

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こじんまりとして良い雰囲気の店内。

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今年5月にオープンしたばかりのお店です。


このお店ではオーナーさんが世界を旅する中で出会った

モロッコ、フランス、中国、タイのおいしい料理が味わえます。

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どの料理も全然違うテイストで、

「こんなん初めて食べた!」って料理もあったけど、

どれもとてもおいしかったです◎

(ただ寝不足による体調不良で食が細いのであった…)



そんなわけで結局久々に40時間ほぼ寝ずに過ごし、

疲労と眠気は限界を超えてたけど、とても楽しい1日でした。


家に着いて即、死んだように寝たのは言うまでもありません。笑

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2013年8月25日 (日)

風立ちぬ

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ようやく観に行ってきました!


宮崎駿監督の『風立ちぬ』。


「この作品は間違いなくツボだ!」と思って前売り券を買っていたのですが、

テーマがテーマなだけに今の僕には重すぎるのでは…

と思ってなかなか行けずにいたのでした。


それに母が生前、松任谷由実が好きだったため、

お通夜の日には一晩中、松任谷由実の曲が流れていたのですが、

『風立ちぬ』のテーマ曲でもある『ひこうき雲』が流れてくるたびに、

「この曲あかん…。゜゜(´□`。)°゜。」ってなっていたので、

余計に時間をおいてから観に行こうと思っていたのでした。笑


この曲聴いたら、いろいろ思い出すのでちょっと避け気味でしたが、

ようやく再び聴けるようになってきた感じです。



やはりいい曲だ。



賛否両論が激しい映画ですが、僕的にはとても良かったです!!


あまり内容に触れてしまうとネタバレになってしまうので控えますが、

ラストのシーンで二郎に対して菜穂子が、

「生きて…」というシーンは本当にぐっときました。


Le vent se leve, il faut tenter de vivre.

風立ちぬ、いざ生きめやも

                    Paul Valery ポール・ヴァレリー(訳 堀辰雄)



僕も前を向いて生きていかないと。


映画に励まされている感じがして、

この時期に観て本当に良かったです。


映画を観終わったあとも、ずっと余韻が続き、

昨日相方と観に行ったばかりなのに、

居ても立っても居られず、今日も一人で観に行ってきました。笑


僕にとってずっと忘れられない映画となりそうです。

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2013年8月11日 (日)

夏の別れ

8月6日の夜。



家族に見守られながら、母は眠るように逝きました。



まだ53歳。



肝臓癌でした。



病気が分かったのは去年の11月。


そのときすでにステージⅣまで癌は進行していました。


父からの知らせで母の病気を知り、

ひどくショックを受けた日のことを今でもありありと覚えています。


あまりにも癌が進行しすぎていたため、

手術できるかどうかぎりぎりのところでしたが、

なんとか手術できることになり、12月に切除手術を受けました。



病院の先生に残らず癌は取り除いたとおっしゃっていただき、

「これでしばらくは大丈夫だな」と安心しました。


しかし、年が明けてすぐに再発が見つかり再び手術。


そのあとはただひたすら後退戦を強いられる感じで、

癌がでてきては応急処置的に治療を繰り返しました。


それでも母は病人とは思えないほど元気で

退院しているあいだは父と二人でいろんなところへ旅行に出かけました。



しかし、そのあいだにも病魔は着々と母の体を蝕んでおり、

3月の終わり頃、「腰が痛い」と訴える母を病院へ連れて行くと、

背骨に転移していることが判明しました。


それから肺と頭への転移も分かりました。


主治医からは、

「余命は2、3ヶ月ほど。奇跡が起きても年は越せないでしょう」

と言われ、このときのショックは非常に大きかったです。


それでも母は依然元気で、

5月には家族で和歌山へ旅行にも行きました。


しっかりと歩き、食欲も旺盛な母を見ていると、

奇跡は起こるんじゃないかと思わずにはいられませんでした。




しかし、奇跡なんてそうそう起きるものではなく

6月になると病状が悪化し、再び入院。


仕事をなるべく早く終え、毎日のようにお見舞いに行きましたが、

日に日に弱っていく母を見るのは本当に辛かったです。


それでもお見舞いに来た僕が退屈しないようにと、

辛いだろうに小さく細い声で一生懸命いろんな話をしてくれました。


母はいつだって自分のことよりも、人のことに気を遣う人でした。



さらに病状が進み、自力では起き上がることもできなくなった頃、

いよいよあと2、3週間だと告げられました。


ホスピスに入れるという選択肢もありましたが、

その場合、母に余命を告げなければならないこと、

そして何より家族がまだ奇跡は起こると信じていたため、

ホスピスには入れず治療を続けることにしました。


しかし、入院が長期となっており、

母がうちへ帰りたいと言っていたため、

父は3週間の休暇を取り、在宅医療へと変えることにしました。


8月1日に母は久しぶりに自宅へ戻ってからは、

ほとんど口もきけず、自力で食事をすることもできませんでしたが、

家族全員で過ごす時間も増え、

いま思えばとても幸せな時間だったと思います。



そして8月6日。



僕は21時頃、実家へお見舞いに行き、

穏やかな母の寝顔を見て安心し、22時頃自宅へと帰りました。


しかし23時すぎに弟から、

「お母さんが苦しそうだ」と連絡が入り、

2、3分で準備をして実家へ転がり込むように駆け込むと、

母は目を細く開いたまま、ゆっくりと息をしている状態でした。


父、弟2人、僕、妻がベッドを囲み、

声をかけ続けましたが、次第に呼吸が浅くなっていき、

静かに息をひきとりました。



僕と妻が実家へ到着してわずか5分後のことでした。



自宅で最期を迎えられたこと。

穏やかに眠るように最期を迎えられたこと。

家族全員で最期を迎えられたこと。


僕たち家族に起きた小さな奇跡でした。



また亡くなってからしばらくすると母の顔が穏やかな笑顔に変わり、

そのことが本当に家族の救いでした。



息を引き取ってから20分ほどすると、

毎日母の様子を見に来てくれていた看護師さんがやってきました。


妻といっしょに全身を綺麗に拭いてくれ、

母がよく着ていた服を着せ、

最後に妻が化粧をしてあげて…。


久しぶりにオシャレをして、化粧をした母はただ眠っているかのようで、

また目を覚ましそうな気がしてなりませんでした。



本当にこれが現実なのかどうか分からず、

ただ悪い夢を見てるような気がしてならないまま、

通夜と葬儀はあっという間に終わり、

ようやく落ち着いた今、

母は亡くなったんだと自分に言い聞かせてみるけど、

まだ実感が持てず、ひょっこり現れる気がしてなりません。



いまはそんな気持ちもありつつ、

ようやく辛い病気から開放されて、

「弱音も吐かずによく頑張ったね、お疲れ様」という気持ちと、

やはり母を失った言いようのない哀しさ、寂しさなど

いろんな感情が渦巻いています。



ただ母の一生は短かったけれど、

人生は長さではないと思います。



母が幸せな人生を送れたのなら、

僕にとってそれ以上の喜びはありません。



お母さん、幸せでしたか。


幸せだったと信じてもいいですか。






病気が分かってから9ヶ月。


こんなに早く母が亡くなったのは残念でなりませんが、

9ヶ月という時間をくれた神様には感謝したいと思います。


苦しくも母と過ごす幸せな時間をくれたことに。

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